185.上内八幡宮(かみうちはちまんぐう)

福岡県大牟田市大字上内1528
大牟田・柳川神社めぐり、4社めは上内八幡宮です。草木八幡神社から、たまたまみつけた田隈八幡神社に参拝、そばにあったバス停でバスに乗り、途中から歩いて参拝、ちょうど御祓いをするところで、宮司さんが本殿でお客さんを待っているところでした。神社は、道路沿いに鳥居が二つ、片方は境内社の宗繁神社の鳥居です。楼門の中には人と狛犬の木造が収まっていました。宮司さんは、御祓いの合間に御朱印を書いて下さいましたが、あわただしかったため御代を納めるのを忘れてしまいました。地名でもある「上内」の読み方が「うえうち」なのか「じょうない」なのかなかなか分かりませんでした。結局ネットでしらべ「かみうち」であることが分かりました。
創 建
丞平7年5月(937年)
由 緒
創建の目的は、戦乱の中当時の三池方により、この地への敵方の侵入を防ぐ為の守護神として八幡神を勧請創建されております。また三池城下よりこの上内八幡宮の方位は、表鬼門となり三池城,北部要衝と風水による三池の丑寅の鬼門(表鬼門)の守護も考えられます。当時は、両部系の神宮寺であったことから、社僧がいたと記録されており、現在も祈祷には、理趣教等を用いる場合があります。当時の社殿壮大と記録されていますが、大友宗麟、龍造寺隆信らの戦乱により焼失、現存するのは、正平塔の一部のみです。
寛永年中、立花内膳家宗繁公は、島原の乱の一番乗りの功績により、上内を采地として知行されると、上内八幡宮を再興しました。以後加持祈祷の神社として、多くの参拝者にお参りされています。また、三池のあるの神社の鳥居と神殿の位置がずれてるのはどちらかを上内に向けることで、上内八幡宮と立花内膳家に敬意を表す為と云われております。
神殿は昭和十一年に再興。
平成二十二年神殿改修工事完了。
御祭神
八幡大神
應神天皇(おうじんてんのう)
神功皇后(じんぐうこうごう)
比売大神(ひめのおおかみ)
御神徳
武門、学問、安産、財運、厄除

















御祭神は立花内膳入道宗繁という人で、島原の乱で効を上げ、領地を得られた方だそうです。

