102.湯川水神社(ゆがわすいじんじゃ)

福岡県北九州市小倉南区湯川3丁目3-30

 北九州神社めぐりの3回目、妙見宮から出たところに水神社方面、という看板があったので、それを信じて歩いて向かうことにしました。ところが、道は舗装されてはいるものの、標高がどんどん高くなり、おおよその見当をつけていたあたりを通り越してしまっていることに気づいたのですが、今更引き返すわけにもいかず、行くところまで行ってみることにしました。歩くこと50分、汗だくになって山を下りると、阿部山公園、というところに出ました。ここにも和気清麻呂像があり、旧葛原八幡神社の跡地だそうです。桜満開でたくさんの花見客がいました。安倍山公園から、住所を頼りに何とか水神社を発見、お参りしました。社務所はありましたが不在で御朱印は頂けませんでした。ここも和気清麻呂ゆかりの神社で、葛原八幡神社の摂社だそうです。隣は幼稚園でした。

創建/由緒(案内板より)
 人皇四十八代称徳天皇(女帝)の御代(今より約千二百余年前)和気清麿卿宇佐八幡宮に勅使として参向、神勅をそのままに奏したため弓削道鏡の怒に触れ足の筋を断たれ大隅の国に流刑に処せられし時卿の御船途中神明の御加護にや豊前宇佐郡長洲若田村に着く。時に白鹿来りて地に跪き相馴れしこと養ひ畜るものの如く清麿卿大いに喜び、此の鹿に乗りて宇佐宮に再び詣り給い神前にひれ伏し切に己が罪なきことを祈り給えば八幡大神告げ給うに、是より北西に規矩郡北和山(今の足立山)の麓に温泉あり汝これに浴せよち清麿公感激、肝に銘じ、信託に従って急ぎ来り温泉に浴しぬれば数日ならずして両足元の如くに立ちぬ。因ってその山の名を足立山と云う。其の後の温泉涸れぬと依って其の所を湯川(湯乾のなまりたるもの)、又この少し東に小川あり現おつげ川と云う(神託川のなまりたるもの)。其の湧き出る池(初めは湯)を称美し給い一生水と名づけ給い其のほとりに水の大元の神、水波能女神を祀り給う是れ当水神社の創始なり。

御祭神
 水波能女神(みずはのめのかみ)

御神徳
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境内入り口
拝殿前の狛犬さん(左)
拝殿前の狛犬さん(右)
拝殿の扁額
和気清麻呂像
足の傷を治した温泉が湧き出ていた地という言い伝え